- レシピ紹介 -
第十ニ回 甘鯛かぶとの焼き浸し
焼き浸しとは言っても焼きたての魚に沸かしたての出し汁を掛け、そのまま直ぐに食べるのでお浸しとは言い難いのであるが、何かこの料理をこしらえていると「焼き浸し」という方がピッタリとくる様な気がしてそう呼んでいる。
私の父親は北海道の生まれで魚に目がなく、焼き魚を食した後は骨とか頭のところとかを必ずお椀に移して醤油と化学調味料を少々加えて熱湯を注ぎ入れ、蓋をしてしばし蒸してからそのスープを旨そうに飲んでいた。
もちろん言うまでもなく乱暴で即席でいいかげんな作り方であるが、あまりに旨そうに飲むのでおねだりをして時々少し頂いて飲んだ。これが意外と旨かった。
骨や頭の身をすすった後の、文字通りあら中のあらであるにもかかわらず、お湯と醤油だけで美味しいスープになってしまうのだから魚という奴はたいした奴だと感心したものである。
年月を経て私が初めて修行に出て師事し、お世話になった割烹かとうの御主人で私の最も尊敬する師匠でもある加藤明氏が常連のお客様のお一人に魚は確か甘鯛を開いて干した物であったと思うが、食べ方がきれいであったのを見て、よほどお気に召したのだと思われたのか、上等のお椀にそのほんの少し残った骨等を綺麗に盛り、一番出し汁に昆布茶を少々と酒、薄口醤油で味を整えて熱々にして注ぎ、吸い口(吸い物に添える香りの物)に酢橘のスライスか何かを添えてそっと提供されました。粋な創りのカウンター割烹で演じられた一幕の芝居である。その亭主の名演技にまんまと乗せられたもう一人の主役である常連のお客様は非常な喜ばれ様で、本当に満足気であり、互いの感謝と感動の内に芝居の幕は閉じた。
私の心の中でであるこの事は24~25年前の出来事であるがおそらく生涯忘れる事はないだろう。私達の仕事は料理人であり、接客業である。接客業、サービス業、商売人等と言葉にすると非常に乾いた感じがするが、その内容・本質は決して乾いていてはいけない。お客様の気持ちを想像し、喜んで頂きたいと願う気持ちで仕事をすれば、お客様の心に潤いをもたらす事もできるんだ、とこの仕事の社会的意義を感じる事が出来た瞬間でもありました。
ところでこのお吸物、古の料理人は「乞食吸物」とか呼んだそうですが、別の呼び名で「医者いらず」というのがあるそうでこの方が耳当たりも良く体に良い食品である事も物語ってピッタリとくる様な気がします。私個人としましても父親の好物が「乞食吸物」等と呼ばれるよりは「医者いらず」の方が有難いと感じます。
前置きがだいぶん長くなりましたが料理の説明です。つまり前述の「医者いらず」がヒントになった料理です。
先ずは焼き魚をこしらえる訳です。今日は甘鯛のかぶとを使用します。ゼラチン質に富んでいて大変おいしいスープになります。勿論食べても非常においしい魚です。これは焼き串を打ち塩を振って焼きます。鰭(ヒレ)には化粧塩をお忘れなく。いつの時もそうですが、塩を振る時は身の厚いところには多めに、薄いところには少なく調整し、脂気の多い魚は気持ち強めに塩して下さい。塩は出来るだけ良い物をご使用下さい。ちなみに当店では兵庫県産の少し黄色みを帯びた粗めの塩を昆布出し汁で一旦溶かして火にかけ、再度結晶するまで煎って昆布塩として使用しています。元々ミネラルの多い粗塩に昆布の風味と旨味、ミネラルを加える訳ですが、昆布の味は魚や野菜に良くあいますのでお吸物や漬物、また天ぷらの塩にと幅広く活躍しております。
魚を焼いている間に出し汁を作りましょう。
常の通りの一番出し汁に酒ほんの少々、塩ほんの少し、薄口醤油少々、あれば昆布茶少々で普通のお吸物より醤油を効かせてその分塩を控えた味に仕上げます。
これを魚の焼き上がりにタイミングを合わせて沸騰させて、焼き上がった魚を鉢型の器に盛り、出しをその上から静かに注ぎ入れ、香りの物(柚子の皮、酢橘のスライス、木の芽等)で季節を演出して下さい。レンゲを添えて食卓へ。
よく食べ方についてご質問を頂くのですが、これについてはもう自由になさって良いと思います。私でしたらまず一番好きな頬の辺りの肉から食べてその後スープを一口すすります。この時は未だ魚の味がさして移らずサッパリした出し汁でしょう。その後好きなところから順に食べ進め、時々汁を吸いますと徐々に魚の味がっ汁に移り、どんどん濃厚なスープになるでしょう。食べ方は自由ですが極端に大きな音を立てるとか、汚く食べ散らかしてしまったりするのは周りの方々も不愉快でしょうし、料理をした人も残念な気持ちになります。また、魚も成仏しきれないでしょう。出来るだけ美味しそうにスマートに綺麗に食べて下さい。それが一番良い食べ方だと思います。
魚については甘鯛の頭以外では例えば鯛、鰈(カレイ)、かます、いさき、甘鯛等、特に干物になった物等が旨いと思います。ブリや鮪の脂の乗ったところの様な重厚な味わいの魚は不向きといえましょう。
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